アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
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掃除道具を持って店の前に出ると、強い風が吹いた。
赤や黄色に染まった落ち葉が風に巻き上げられてはアスファルトの上に舞い落ちてくる。
掃除をしてもきりがないな。
うんざりして眉根を寄せたその時、きれいに磨きこまれた黒いリムジンが私の前をゆっくりと通り過ぎた。
車の後部座席に乗っていたのは金髪の若い外国人男性だった。
彼はリムジンが店の前を通り過ぎるその一瞬、その紫の瞳を私の店に向けた。
カフェ・モーリス
昭和のころに流行った重い置き看板を一瞥(いちべつ)した彼は、さして興味もなさそうにまた視線を前方に向けた。
そして私も、ふう。とため息をついて掃除を始めた。
なんでもない一瞬だった。
事実、私は彼に出会ったことをその後すぐに忘れてしまった。
掃除をして、新聞をたたんで、お冷(ひや)にレモンの薄切りを入れる。氷を作って、お絞りをあたためて、店じゅうに置かれたポトスの鉢に水をやる。
接客以外にもやることはたくさんあった。
けれど運命は、私も、そして彼もそれと知らないまま、少しずつ、たくさんの人々を巻き込んで動き始めていた。
だれもそれとは気づかないうちに。
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