アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「私?」
「そう。黒、……僕の国にも黒髪で生まれる人はいるけれど、同じ黒と言ってもやっぱり違う。
あなたの髪は青味がなくて、かといって赤くもない」

彼の言う赤は赤茶のことを指しているのだろう。彼は色別に並んだサンプルを見比べ、茶系の色をまず候補から弾いた。
彼は色見本の中から黒を選び、その中でも一番暗い色を選んだ。

「これにする」

彼が黒のこだわる理由はわからない。けれど、今日の彼はいつもよりもよく喋る。それが私をほっとさせた。
彼をショッピングに誘ったことは正しかったのだ。




次に向かったのは食料品売り場だった。
正月三が日なので、生鮮食品はかなり値上がりしていた。

ミハイルはスーパーに来たことがないのだろう。ものめずらしそうに店内を見回した。


「すごい。冬でもこんなにたくさんの果物がある。
日本の果物は甘くてみずみずしいけれど、……高いね」

「お正月だからしょうがないよ」

「正月はなぜ食料品が高くなるの」

「うーん……。お正月にはみんな親戚や友達を招いて飲み食いするから、高くてもおもてなしのためにたくさん買うから、かな」

「そう、……これは何」

ミハイルは正月用の華やかながらの入ったカマボコを手にとった。

「カマボコ。横から見て。きれいでしょ。お正月用だよ」


彼は手に取った正月用のカマボコを切り口から眺めた。


「これは、……鳥、かな」

「うん。鶴だよ。こっちは梅。梅はまだ寒いうちに春の訪れを告げる花だから縁起のいい花なんだよ。
これ……食べたい?
魚の身をすりつぶして蒸したものだけど、食べられそう?」

「これが魚……」


彼が子どものように興味を示すので、私はつい面白くなってしまって二千円もするカマボコのセットを籠に入れた。お祝い事なんだし、お正月が終わったら緊縮財政が待っているのだから少しくらい贅沢したっていい、と自分に言い訳をしながら。

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