アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
彼は同期の中で一番背が高くて、そして、少しだけれど当時恋愛ドラマに出ていた人気俳優の三宮拓哉に似ていた。もちろんそんな彼は社内の女性に人気があった。
一方私は容姿も仕事の出来も地味だったと思う。
だから彼がどういう動機で私に「付き合おう」といったのか、私には分からない。
当時、仕事がつまらなくてたまらなかった私は深く考えることもなく彼の突然の申し出に驚きつつも頷いた。
彼は知っている男の人の中で一番見た目が華やかで清潔感があった。そんな彼氏が職場にいれば、きっと会社に行くのが楽しくなるに違いない。
若かったとはいえ、私は随分と馬鹿だった。
雑誌に載っているような、毎日オシャレをして通勤して、仕事が終わったら涼しい顔をしてスマートな彼氏とデート。
当時の私はそんな生活に憧れていた。
そして憧れると同時に、都心のビルで働くOLとなった私にはそんな生活を送る権利があると思いこんでいた。
私の働いていた会社では社内恋愛が禁止されていたわけではない。けれど、どこの会社でもそうだが社内恋愛にはいつでもリスクが付きまとう。
付き合いがうまくいっているうちはいいが、そうでなくなった途端、意識するまいと思っても職場の人間関係には影響が出る。
蒔田くんと付き合い始めた時、私はそういうことを何も考えていなかった。
この事がきっかけになって人間関係でしくじるかもしれないということはうすうす感じていたと思う。それでも私は彼と付き合うことにした。それは下町っぽい商店街で生まれ育った自分を変えたかったからだ。
そのころの私はおしゃれな雑誌に載っているような都会的な生活を送るということに固執していた。
蒔田くんはそんな私の「都会生活」には必要なアイコンだったのだ。
元々相手の表面的なことしか知らずに付き合い始めた私達は、最初の数ヶ月、つまり相手のことを知るのが楽しい時期が過ぎると衝突することが増えた。
どの衝突も理由はくだらないものだ。今から思い出そうとしても思い出せないような些細なことばかり。