アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「本当に狭い店だよ。それでもいいなら」
「うん。寄らせてもらうよ。
まあコーヒーは口実で遙とゆっくり話をしたいだけなんだけどね」
蒔田くんは人懐(ひとなつ)こい態度でそんな事を言った。昔のことなどもういい思い出になっているようだ。
「……」
彼の愛想がいい性質をすっかり知っているくせに、私はそんな言葉になんと答えてよいかわからず、思わず困った顔をしてしまった。
その沈黙をどう受け取ったのか、彼は苦笑した。
「……や、あの頃は俺も若くてさ……。結局、遙のあと付き合った子も続かなかった。あのときの子とは別の相手と結婚もしたんだ」
「あ、ごめん。知らなくて。お祝いの一つもしていなくて……」
慌てて周囲を見回して彼の家族の姿を目で探したが、誰もそれらしき人は見当たらなかった。
蒔田君はそれを聞いて笑った。
「結婚祝い?モトカノから?さすがに俺も元恋人に結婚しましたなんて連絡できるはずないだろ。祝いなんてなくて当然だよ。
遙、そういうところは変わってないなあ。見た目は真面目そうでマナーにうるさそうに見えるのに、中身が子どもみたいでさ」
蒔田くんは子どもみたいと表現してくれたが、要するに私は常識が抜けている。いまでこそ少しはましになったけれど、若い時は本当にひどかった。会社勤めがうまくいかなかったのはそういうことも原因の一つとしてあるのだろう。
「ご、ごめん。変なことを言ったね。えっと、それでご家族は……?」