アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は再び周囲を見回した。
既婚者となった元恋人とこんなところで立ち話をしていて彼の奥さんや子どもに誤解を与えはしないだろうか。
蒔田君は肩をすくめた。
「いや、今は一人。妻とは夏に去年別れたんだ。
いやあ……妻が出ていく時はせいせいするなんて思っていたけど、正月に一人家にいるとつまらなくてさ」
彼自身は冗談めかしてそう言ったが、それは一緒になって笑えるような類(たぐい)の話ではなく、私は頷くことしかできなかった。
「いやあ、妻がいないって不自由なもんだな。
今まで家のことはみんな嫁任せだったからさ。いよいよ食うものがなくなるまで買出しも自分でするんだって気がつかなくて。
マジで食うものがなくなって今日やっと家から出てきたってわけ。
……正月は何でも高いなあ……知らなかった」
「ホント、高いよね」
私も予想外にかかってしまった食費を思って思わず苦笑してしまった。
急ぎ足で店に入ってきた買い物客が私と彼を邪魔そうにちらりと見た。私も彼も同時にその視線に気がついた。いつの間に戻ったのか、ミハイルも私達から少し離れたところで私を待っていた。
「じゃあ、もうそろそろ……」
「ああ。遙の店って外階段のあるあの店だよな?」
「うん、外階段のあるほうは住居だから表通りから入ってきてね」
蒔田君は私の父と顔を合わせる気まずさを避けて、付き合っていた当時は家の近くまではおくってくれたが家や店まで来ることはなかった。店に客として入ったことはたぶん一度もない。
「そっか。今の取引先がN町なんだ。近くに来たら寄せてもらうよ」
「うん」
互いに軽く手を上げて別れた。
彼がいってしまうと、すぐにミハイルが私の傍に駆け寄ってきた。