アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
11
浴室から出てきたミハイルの姿に、私は思わずため息をもらした。
ミハイルが黒髪にすると言った時、その美しい髪の色を惜しいと思った。けれど、浴室から出てきた彼の姿はいい意味で私の予想を裏切った。
黒髪が灰色がかった紫の瞳に影を落とすと、その紫はそれまでよりも深くより神秘的に輝いている。
彼は言葉を失った私の反応をどう受け取ったのか、小さく頭をふり肩をすくめた。
「あなたみたいな黒にはならなかった」
「どうしてかな。かなり似た色になったのに」
「どうしてって」
たとえ髪の色が同じでも肌の色が違えば顔に落ちる色は変わってくる。それに、なんといっても私達は髪の量や太さが違う。彼の繊細で細い髪は私の髪とはまるで違う。
彼はもう一度鏡のほうを振り返った。生まれて初めて髪を染めたからだろうか、いつもは凛としている彼が少し浮かれているように見えた。
「でも、雰囲気は変わった。髪を染めただけなのにまるで別の人間みたいだ。カガンの人間はあまり髪を染めないから、これで街を歩いてもきっと誰も僕だと気付かない」
「カガンの人は髪を染めないの」
彼は少し考えてから頷いた。
「あまりそういうことは一般的じゃないな」
「女の人も?」
「カガンでは、一般の女性は長い髪を編んで頭に巻くかそのまま背中に垂らす」
「……へえ」
私は彼の言葉から学生のようなお下げを想像して頷いた。
彫りの深い顔に小さな頭、すらりとした手足の少女たちが長い髪をお下げにしている姿はきっと妖精のように美しいだろう。私は無意識のうちにいつか少女と見間違えた幼いミハイルの写真を思い出していた。
「カガンの女性にはあまり髪を切る習慣はないよ。
カガンでは髪が長ければ長いほど女性らしく美しいと言われる。
都心に住む人は長くしたとしても腰くらいまでだけれど、カガンは地方に行けばいくほど古い習慣が残っているから、女性の髪は地方の人のほうが長いね。身長と同じくらい長い髪を編んで頭に巻きつけるんだ」