アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「そうなんだ。
日本の女の人も昔は長い髪だったんだよ。長い髪ってどこの国でも女性らしさの象徴なのかな。今でも髪は女の命っていうし、」
話が日本女性の髪に及んだためか、ミハイルは低い位置でポニーテールにした私の髪に目をやった。
私の髪は伸ばしっぱなしなのでかなり毛量も多く、いたんでいる。
ミハイルの視線を感じ、私は自分の髪に無意識に触れていた。
昔の私はお盆や正月前には必ず美容室にいっていた。それなのに、最近は生活の節目がなくなって盆正月であろうとも忙しければ美容室には行かない。そんな習慣は父の死とともにするりと私の身から抜け落ちて忘れてしまっていた。接客業だというのに。父が生きていたら身だしなみにはかなり口うるさく言われたことだろう。
私は手入れの悪い自分の髪を彼の視線から外して尋ねた。
「カガンの女の人はみんな髪を編んでいるの」
彼は首をかしげた。
「そうだな。農家や市場で見る商家の女性は大体髪を長くして編んでいる。そのままだと作業の邪魔になるからね。
貴族の女性は……どうしているんだろう。王族の女性は人前では髪を布とビーズのティアラで包んでいる。それ以外の豊かな家の女性はあまり人前には出ないから、自分の国のことなのに知らないな……」
「そうなの」
「そもそもカガンでは女性が人前に出ることをよしとしない。
家業のある家は女性も家の手伝いをするけれど、貴族や豊かな家の女性ほど外には出ない。
僕も姉がいるけれど、姉が10歳になったあたりから顔を見ていない。普段は後宮の奥で暮らしていて……最後に顔を見たのは姉の婚礼のとき。僕が士官学校に入った年だから、十年前だ。
花嫁姿の姉は赤い瓔珞を髪からいくつもたらしていて、顔が見えなくなるほど大きな金のティアラ……額にかけるティアラ。それをつけていて、……きれいだったけれど、知らない人みたいだった」