アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「攫(さら)われる……?」
普段の生活ではあまり耳にしないその言葉に、私は思わず身を引いた。
「カガンの伝統的な考え方では、女性は一族を豊かにする財産だ。子どもを生むのは女性だけだから。
だから男は自分の命をかけて家族のなかの女性を守る。彼らにとっては女性は財産だから、伝統的な価値観をもつカガン人は女性に発言権を認めることはほとんどないけれど、ある意味、彼らにとっては女性は男性よりも価値が高い。
だからカガンでは男が結婚をしたいと思った時、男は女の家に羊や馬、金を贈る。
女の家に羊や金を贈れない男は生涯独身か、……どこかから攫われてきた女の子を人買いから奴隷として買う。今ではこれは法律で禁じられている。
さすがに都市部で奴隷として男の家に入る女の子はいないけれど、それでも田舎の貧しい地方ではまだこの風習が残っている。
こういう事件のせいばかりではないけれど、女の子を学校にやらないのはそういう事情が関係しているんだ。
女の子は外には出ないで母親から家の事や刺繍、簡単な読み書きを覚える。男の子は12歳くらいになれば刀をもたされ、家族、主に姉妹を守る」
「刀……」
「日本の刀とは違う。短い……護身用、」
彼は少し目を細め、そして少し迷っていたようだけれど、やがてジャケットの腰の辺りから刃渡り20センチくらいの反った刀を鞘ごと出した。
その刀は鞘のカーブに反って金の装飾が取り付けられ、凝った花や鳥の姿が刻まれていた。それだけでも十分に美しいものだが、さらに鞘にはところどころに真珠が取り付けられていた。
「……」
「カガンの男はみんな、一人一本これを親から受け取る。王子でも同じ。
僕や僕の側近たちは日本に来る時、それぞれの刀を持ち込む許可を申請したけれど、日本には銃刀法というものがあって、刀剣類の持込は禁止されている。だからなかなか持ち込みの許可が下りなかった。
結局、僕の側近たちはみんなこれを国においてくることになった。
けれど、僕だけは持込みが許可された。
僕の刀は王家に代々伝わるものだから、刀としてではなく美術品としてなら持ち込んでもかまわないそうだ」
私はテーブルの上に出されたその刀をじっと見つめた。
「中を見たい?」