アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
その彼の態度で私は我に返った。私は手を引いた。
「ごめんなさい、大事なものなのに」
彼は戸惑うように刀を見つめていた。
しかし、やがて私の顔をじっと見つめると、彼は私の手首をつかんだ。
「いいよ。あなたならきっと祖先も許してくれる」
「いいの。大事な物だっていうのはわかってる。つい、きれいだったから」
私は手を引こうとしたが、その手をミハイルがつかんで引き戻した。
「いいんだ。僕がそう望んだのだから」
彼の骨ばった手が私の手のひらを包み込み、そっと刀の柄を握らせた。
装飾を刻み込んだ柄(つか)のひやりとした感触にぞくりと肌が粟立った。
ミハイルは両手でしっかりと私に柄を握らせると、その上から自身の大きな両手を重ねた。私が刀を落とさないようにという配慮だろう。
ミハイルに背中から抱かれるような格好になった私は、変に上ずった声で言った。
「け、結構、重い……ね」
「そう?」
彼の囁きは自然と私の耳元で囁く形になる。
彼のほうではそんなつもりはないのだろうが、私は彼の存在を強く意識してしまった。
「この刀に触ったことは誰にも言わないで。
本当は……僕しか触ってはいけないものだから」
そんな大事なものを触ってしまったのか。
軽い気持ちで触りたいなどと言ってはいけなかっただろうか。
どっと後悔が押し寄せた。
「そんな大事なものをどうして触らせてくれたの。絶対に触りたいってわけじゃなかったのに。
駄目だって言ってくれても別にあなたを悪く思ったりしないのに」
我が家に匿(かくま)われている遠慮から、彼が私に特別なことを許したのだと思うといたたまれなかった。
ミハイルは首を横に振った。
「あなたの気分を害することを恐れたわけじゃない。
そうじゃなくて、……喜んでくれたらいいなと思ったから」