アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
カガン人としての彼の誇りを傷つけたいわけじゃなかった。
カガンを田舎の小国と侮る気持ちもなかった。
ただ、かわいそうでならなかったのだ。
ミハイルはずっとこのままではいられない。彼は王子なのだ。
彼は高慢なところもある。繊細すぎて扱いが難しいときもある。けれどそれは彼の表面的な一部分に過ぎない。彼を匿う私に恩義を感じて、私に大事な刀を見せてくれるようなかわいらしいところもあるのだ。
そんな彼がカガンに帰った時、彼の両親と同じ道をたどるようなことになったら。
そう思うあまり、カガンを愛しながらその一方でカガンを恥じる彼の切ない心につい、つけこむようなことを言ってしまった。
ミハイルが国に帰らなければいい。
はじめはミハイルを受け入れることを迷惑に思っていたくせに、私はいつの間にかそんな気持ちを抱いていた。
今、カガンから遠く離れた日本にいてさえ、彼の命は脅かされている。
国に帰ることは彼の命が今の何倍も危険にさらされることを意味する。
王宮の一室に押し込められ、汚名を着せられて抗弁することも許されずに殺された彼の両親のように。
まだ二十歳そこそこと若く、王子でさえなければいろんな生きかたができたはずの彼を見ているのは苦しかった。
生活が苦しくなってもいい。
彼がカガン国民に殺されたなんてニュースは絶対に聞きたくない。より安全な場所で生きていて欲しい。
私はどうしてもそんな気持ちを抱いてしまう。
「忘れてほしいのは僕のほう……。帰りたいけれど、帰りたくない」
彼はそうぽつりと漏らした。
かわいそうに。
彼は帰らねばならない。それがユスティニアノスという王の名を背負って生まれた彼の責任であり義務なのだ。
彼が哀れなのか自分自身が悲しいのか。どちらとも区別のつかない感情に涙が滲(にじ)みそうだった。
私が泣くことではない。
いくらミハイルがいい子であっても、彼の人生は彼と、そしてカガン国民のものなのだ。何の関係もない私が横からあれこれと無神経に口を挟んではいけないのだ。
私は気持ちを切り替えるように言った。
「変な話をしてごめん。もうこの話はおしまい。
カマボコを切ろうか。切るところも面白いよ。見る?」