アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
その質問に私は思わず笑ってしまった。店が古いからといって歴史ある老舗というわけではない。
「そんな特別なものはないよ。モーニングと、あ、そうだ。カガンティーくらいかな」
「カガンティー?」
「うん、外国人向けのお茶なんだ。ロイヤルミルクティーにバターと砂糖を溶かして飲むの。日本人には少し濃厚かも」
蒔田君はバターと聞いて眉をしかめた。
「俺はアメリカンでいいや。……あとモーニング。なるべく腹いっぱいになるようなものがあれば」
「うん、じゃあサラダとゆで卵とトーストのモーニングでいい?」
「ああ」
うちの店のお客はカガンティーに慣れっこになってしまったけれど、蒔田君の反応はごく当たり前の反応だった。
カガン人のお客が減ってしまった以上、うちの店ももう少し日本人向けのメニューに力を入れたほうがいいのかもしれない。ただでさえ駅構内にできた大手コーヒーチェーンの店にお客を持っていかれて苦しいのだ。
蒔田君はもうすっかりカガンティーの事は忘れているようで、カウンターから垂れるポトスの葉を見るともなしに見ている。
「なんだか、静かだな」
「この雪の中、わざわざ駅の外に出てここまで来てくれる人は少ないんじゃないかなぁ」
コーヒーを出すと、蒔田君はカップを両手で包み込むようにして冷えた手を温めた。
「そうだな。残りの正月休み、こんな天気ならなるべく家にいたいよなあ」
昔は天気などお構いなしにあちらのイベント、こちらのテーマパークと出歩くのが好きだった蒔田くんなのに、何だか随分と老け込んだようなことを言う。容姿はあのころとさほど変わらないのに。
「変わったね、昔は退屈するのが嫌いで、家に帰るのは寝るときだけだったのに」
「あーそういえばそうだったな。もう昔の自分がどうだったかなんてほとんど忘れてたよ」