アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
もし私が日本の総理大臣なら、彼をもっと安全な状態で庇ってあげられた。
もし私が訓練を受けたSPなら、カガンでもどこでもついていってあげられた。体を張ってミハイルを守ってあげられた。
もし私が医師なら、ミハイルの手当てをもっと適切にしてあげられた。処方箋がなければ使えない薬だって出してあげられたかもしれない。
けれど悲しいかな、私にできることはただ三度の食事を出してあげることだけだ。それも、食べなれたカガンの味ではなく、あくまで日本の喫茶店の味なのだ。
こんな私しか頼る相手がいないなんて。
おぼれるものは藁(わら)をもつかむと言うが、私は本当に藁にすぎない。苦し紛れに必死でつかんだものが頼りない一本の藁だなんて、ミハイルは本当に運がない。
「ハル、さん。どうしたの」
目をあわせたら、声を出したら途端に感情がこぼれだしてしまいそうだった。だから私は彼と目を合わせないように窓の外を見つめた。
「ハルカ」
ミハイルの手がそっと私の顔に触れた。そのほのかな温かさに驚き思わず彼の瞳を見ると、彼の瞳には沁みるようにやさしい影が宿っていた。
彼の指先は優しく私の頬を伝い、絡みついた私の髪を梳(す)いた。
「日本の女の人はみんな、あなたみたいかな」
「私みたいって……」
私は困ってしまって首をかしげた。