アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は普通だ。
年収も身長も体重も学歴も顔も、ことごとく普通でごく目立たない。いや、収入の頼りなさを思えば平均以下かも知れない。
「どう言えばいいのかな」
彼は私に顔を寄せた。ここには私達二人きりしかいないのに、まるで人に聞かれるのを恐れているかのようだ。
「humane…….modest personality…….」
少しかすれた囁きはどこか甘い響きを帯びていた。
彼の白く長い指は私の髪を何度も何度も絡めては、その感触を味わうように梳き続けた。
「……ミハイル」
わからない、聞き取れない言葉がほとんどだったけれど、その囁きの甘さは「親しい」の限度を越えているような気がした。
「……and so beautiful.」
彼にも恥ずかしさがあるのか、その単純な言葉を、彼は日本語でもカガン語でもない……つまり、お互いにとって母語ではない英語で発した。
beautiful だけをなんとか聞き取って理解した私は思わず顔を赤らめた。
聞き流す暇(いとま)もないほどに、彼の発した声音の甘さとその言葉の意味。平静を装うことなどできなかった。
人にそんなことを言われたのは初めてだった。殊(こと)に、自分よりもはるかにきれいで、全身が作り物のような彼にそんなことを言われることなど想像もしていなかった。