アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「英語はあんまり得意じゃないんだ。ごめんね。
さあ、ご飯にしよう」
不意打ちを食らった私は傍目にもみっともないほど動揺して、全く英語がわからなかったふりをした。
彼の紫の瞳をまともに見つめてしまわないように、ただただその瞳から逃げるように私はじっと自分の足元を見つめていた。
不快だったのではない。怖かったのだ。
彼の言葉は優しげで、仄かに甘い響きを含んでいた。
告白に似ていた。
この特殊な状況下で、ある意味この家に閉じ込められた形の私達が互いをまともに見つめ合えば、それは誰にも想像し得なかった結果を招きそうで、……私は怖かったのだ。
「ハル」
「……殿下に、お手伝いを頼んだら、……カガンでは不敬罪で罰せられるかな」
冗談めかしてそう口にすると、やっと彼の顔にいつもの少し冷たいような、どこかシニックな表情が戻った。
「No way(まさか)…….」
彼はかすかに微笑を浮かべて私の隣に立った。私が普段あまり凝(こ)ったことをしないのもあって、彼はもうすっかり私のやり方を覚えてしまった。何も指示しなくともフォークやグラスを出してくる。
ミハイルは作業をしながら何度か私を見た。
彼は何か言いたげだったけれど、私はあえてそれに気がつかないふりをした。気がついてはいけない気がしていた。