アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

少し困った様子に私は微笑を浮かべた。

カガン人はパンを主食にしている人たちだけれど、彼らが日々口にしているパンは日本のそれとは全く違う。

日本に来たカガン人は日本の柔らかい食パンを食べると、はじめは驚き、これはパンではないと言うのだけれど、そのうちにたっぷりとバターを塗って焼いた厚切りの食パンを自分たちの主食にしているパンとはまた違った食べ物、主食としてではなく嗜好品、おやつとして愛好するようになるのだ。

「トーストですね」
「そう。それ、トースト」

彼はやや緊張していた表情を和らげた。
喫茶店で食べたいものを注文する、そんな簡単なことにも不慣れな様子がいかにも若々しかった。


「かしこまりました」

私はキッチンに下がって注文された品を作り始めた。ちらりと彼に目をやると、彼は何か楽しいことでもしているように口元にかすかな笑みを浮かべて店の中を眺めていた。

静かに暮れていく陽の光が店内に差し込み、店じゅうに置いたポトスの葉を明るく染める。彼にとってはそれすら興味深いようだった。

私はその彼の気配を感じながらキッチンの片づけをする。


彼は何も喋らない。
私も何も言わない。

客が少ない時間ということもあって、いつものBGMすら流していない音の絶えた空間に時折車の通り過ぎる音や、商店街の人々の喧騒が響いてくる。

ごく当たり前のそんな風景を珍しそうに眺める彼の様子を見るともなしに見ていると、だんだん、鈍い私にもようやくわかってきた。



この男性客は、おそらくカガンの王子だ。
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