アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「本当にお金を取るからね。家で食べるよりずっと割高だよ?
それでいいなら店に回って」

それを聞くと、蒔田君はほっとした顔をした。

それほど拒絶されるのが怖いならば拒絶しない関係の相手を選んで押しかければいいものを、そうできないところに孤独な中年男の悲哀を感じる。家族のケアもできないほど余裕のない男に、こういうときにふらりと訪ねられるような友達づきあいなど維持できるはずもない。つまり、蒔田くんは今、孤独なのだ。

「たいしたお茶漬けは出てこないよ、全く……」

文句を言ってみても、彼はそんなことで怯(ひる)むような人間ではない。

蒔田くんはほっとしたついでに生来の人懐こさというか、悪く言えばずうずうしさを取り戻したようだった。
彼は私の肩越しに家の中を覗き込んだ。


「……どうして。家でいいよ」

酒のせいで他人と自分の境界が曖昧になっているのだろう。彼はその場で家に上がりたそうに靴を脱ごうとする。

私はちらりと室内を振り返った。生活感があふれる部屋の中よりも、ミハイルの生活している痕跡が人の目に触れるのが怖い。彼は逃亡中なのだ。蒔田君はカガンのことなど全く知らないだろうし、興味もないだろうが、万一彼の存在を知られてしまっては困る。どこから話が漏れるかわからない。

これまで危ないことは何も起こらなかったが、だからといって今後も危険はないとは言い切れない。
ここはミハイルにとって本当の意味での隠れ家なのだ。蒔田くんを家に入れるわけにはいかなかった。

私は蒔田君の目線を遮るように前に立った。

「散らかってるから家に上がってもらうのは無理」

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