アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「別に構わないよ。俺、客じゃないんだからさぁ。
あ、ひょっとして俺のこと警戒してる?大丈夫だよ、今はそんな気ないし、酔ってて役に立たねーよ」

蒔田君は冗談めかしてそう言いながら、私の肩越しに部屋の中を覗き込んだ。
酔っているとはいえ、そんな踏み込み方をされたので、さすがに私も腹がたった。

「ここでいいよ」

蒔田くんは私にのしかかるようにして部屋に入ろうとした。
互いの体が近くなり濃いアルコールの匂いが私を包み込んだ。普段あまり飲まない私にとってはひどく臭く感じられた。


「なんだ、そんなに散らかってないじゃん。俺の家のほうが散らかってるよ、俺の家なんかさぁ、未だに子どもの哺乳瓶やらおもちゃやらが残ってるんだぜ、カンベンしてくれよって思うんだけどなかなか嫁が取りに来なくてさ、いらないならいらないでそう言ってくれりゃ、」

「ちょっと、蒔田君いいかげんにして」

彼を押し返そうと彼の体に手をついた瞬間、蒔田君の体が大きく、後方に傾(かし)いだ。

「えっ」

蒔田君が驚いたように目を見開き、そして私は小さく声をあげた。一瞬、酔った蒔田君が足を滑らせたのかと思ったが、そうではなかった。

目を上げると、フードを深くかぶった長身の男が蒔田君の襟首をつかんでいた。
男の吐き出す白い息が風に吹き流される。
< 137 / 298 >

この作品をシェア

pagetop