アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私の店にやってくるカガン人でこれほど若い人はいない。
たいていは本国から派遣された公務員で、最低でも25歳以上。しかし男性客は若かった。二十代にもならないかもしれない。
豊かではないカガンにとって日本はまだまだ遠い国だ。
在日カガン人は全国でたった2000人ほど。彼らにとって日本は遠い国であって、若い人が観光がてら気軽に訪れることのできる国ではないのだ。
そして、なによりも雑誌で見た子どもの美しい瞳がよく似ている。
王子だ。
けれど、私はそれと察してからも何も知らないフリをした。
一人の時間を楽しむ彼の姿には、他人の介入をやんわりと拒むような様子が感じ取られたし、私自身も客商売の家で育ったわりには人に話しかけるのが苦手だった。
30分ほどが過ぎただろうか。
店の前に黒い車が止まった。よく手入れされたきれいな車だ。
王子は普段の店の喧騒ならば聞き逃してしまいそうなほど小さなため息を漏らすと、ティーカップをおいた。
カガン人らしい細身で背の高いスーツ姿の男が店の入り口をあけ、カランと入り口のベルがなった。
「いらっしゃいませ」
私は汲み置きのレモン水を取ったが、彼は私を手で制し、一人で座っているパーカー姿の王子の脇に立った。
彼らはなにやら短くやり取りをして、王子は優美な様子で立ち上がるとレジの前に立ってトレイに千円札を一枚おいた。
「ありがとうございます、580円になります」
ほとんど何も考えることなくお釣りを渡すと、彼は受け取った小銭をポケットに流し込んで店を出て行った。スーツ姿の男は小さく私に会釈をすると、そのまま店を出て行った。
彼らの出て行った店内で、私はほっと小さく息をついた。
私は店を訪れた客が王子だと察したときから、自分でも気がつかないうちに緊張していたのだろう。