アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「……あなたは悪くない。ここはあなたの家だ。
僕が、甘えすぎた……」
私の唇からは白い息が上がるばかりで言葉は出ない。何を言えばいいのか。もう一度信用してもらうにはどうすればいいのか。必死で考えてもそんな都合のいい魔法の言葉が見つかるはずもない。
言葉にならない白い息が、私の唇からいくつも漏れて、冷たい雪まじりの風に吹き流されていく。
ミハイルには届かない。
「さようなら、……いままで、ありがとう」
彼はくるりと身を翻すと、階段を駆け下りていった。
カンカンと乾いた金属の音が夜の静けさの中に響いた。
「ミ……」
彼の名前は呼べなかった。私にとってはそれが身についた習慣になっていた。誰が聞いているかわからない場所で、彼の名は呼べない。
ミハイル。
行かないで。
あなたが行ってしまったら、私はまたひとりぼっちになってしまう。
ひとりぼっちに。
私は何のとりえもなくて、あなたから見れば信じられないほど平和ボケしていて、あなたの役には立たないかもしれないけれど、それでも私を捨てないで。
勝手で利己的な言葉は音になることなく白い息となって次々と消えていく。
「……」
ミハイルを引き止めることはできない。
いつか来る別れが今だっただけのこと。彼を困らせるようなことを言わなかっただけ、私はまだ「まとも」だったのかもしれない。
自分を必死で宥(なだ)めても、それでも熱い涙が一滴、頬を伝った。