アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「さむ……」
ぶるりと背筋を震わせ、冷たい水で赤くなった手に息を吹きかける。
ただ洗い物をするためだけにエアコンをつけるのもと思ってそのままにしていたが、やはり真冬に軽装で水仕事はよくなかった。
給湯器のガスをだそうかと店の裏口のほうを振り返ったその瞬間、裏口のドアが開いた。
冷たい夜風が店の中に吹き込み、寒さには弱いはずのポトスが吹き込んできた雪にまみれた。
そこに、鼻の辺りまでマフラーを巻いたミハイルが立っていた。
彼は後ろ手にドアを閉めた。
鍵を閉める音が妙に大きく店の中に響く。
彼は入ってくるなりきついまなざしで私を睨んだ。
「どうして」
「え、」
「鍵があいてる」
彼の革靴にまとわりついた雪と泥がとろりと溶けて床にしみを作る。
虎徹と一緒に入ってきた夜がもう一度繰り返されているかのようで、私は自分がおかしくなったのではないかと自分の目を疑った。
「それは、」
ミハイルが困らないように。
けれど、そう答えることが頼るあての無い彼のプライドをひどく傷つけるだろうことに気がつき、私は開きかけた唇をつぐんだ。
「危ないと思わないの」
次の瞬間、彼は大きく数歩踏み出してキッチンに入ってくると、私の手から泡まみれの小鍋を奪った。
「ミハ、イル」
彼はシンクに小鍋をおくと、紫の瞳で私を睨んだ。
関係のよいときはただただ見とれるばかりのきれいな瞳だが、関係が悪化した途端、彼の瞳が凍りつくように冷たく傲慢に見える。まだ若く、純粋なミハイル。そう思っていた彼の姿が冷たく傲慢で、そして人を従わせることになれた王者のそれに変わる。