アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


彼は苛立ちを隠そうともせずに私を睨みつけた。
両親が銃殺されたときでさえ感情を押し殺していた彼が、怒りを露わにしている。


「あなたが優しいから、僕は期待してしまう。
あなたはきっと、僕の気持ちに気付いているんだろう」

「……」

その詰問に答えることは出来なかった。

私は確かに彼の気持ちが少しずつ変質していることに気付いていた。
信用も親しさも、彼が私に感じているであろう恩義も、すべてが少しずつ優しいものに変わっていく。
そして私の気持ちも、友情の限度を超えてミハイルに寄り添っていく。
気付いていたが、気付かないふりをするしかなかった。

ミハイルはまた半歩、私に向かって踏み出した。互いの心臓の音さえ聞こえそうなほど距離をつめられてしまった。背の高い彼がそうして私に詰め寄ると息がつまるような圧迫感を感じた。
彼の指摘が一つ一つ私を追い詰めていく。
彼は私が窮している事を感じ取ったのだろう。かすかな笑みを浮かべた。

「そう、あなたは確かに優しい。
でもそれは僕に対してだけじゃない。
あの男にだって優しい」


「あなたはあの男がここに来たら家に入れるんだろう。
僕がいなきゃ、あなたはきっと誰かを家に入れる。今じゃなくても、いつかきっと」

「……」


絶対にそうしない、とは言えなかった。離婚して妻子と会えなくなった彼に同情は確かにしていて、その分対応が甘くなっているのは自覚していた。まさか蒔田君と再びどうこうなろうという気はなかったけれど、今の私はミハイルがいなくなったあとの孤独をどうやりすごしていくのかはわからない。
孤独に慣れていたはずの私にはもう、いままでどうやって一人の時間を楽しんでいたのか、その道に戻るすべさえ見えないのだった。

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