アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「謝っても……許さない。
僕は、僕にもあなたにも怒っている。
あなたが最低な人だとわかっていても、僕はあなたから離れられない」
彼はぐいぐいと私の髪を引っ張る。私は引き寄せられるままに彼の胸元に手をついた。彼はそのまま自身の胸の中に収まった私を強く抱きしめた。
黒いセーター越しに、彼の体温が私の手のひらに、頬に伝わってきた。
彼は苦しげに囁いた。
「初めて話したその時から、わかっていたんだ。
あなたは優しいけれど、……それだけの人だ。
僕にだけやさしくしてくれるなんて事、あるはずがない」
彼は私を抱きしめる腕にぐっと力をこめた。ほっそりと若竹のような彼の体躯は意外なほど強くしなやかで、私の抵抗などあまり意味がなかった。苦しいほどに彼の胸に押し付けられ、私は浅い息を繰り返した。
「ミハイ、ル。落ち着いて」
見上げる彼の瞳は冷たく高貴な色はそのままに、燃えるような激情をはらんでいた。苛立ちと嫉妬のまじりあったその瞳は怖いのに吸い込まれそうなほど美しかった。
「ああ、そうだ。ミハイル。外は寒かったでしょ。何か、」
往生際の悪い私は、はりつめた私達の間の空気を変えようとした。
温かいものを作ろうか、そう言いかけた私の言葉を遮(さえぎ)り、彼は押し付けるように言った。
「誰でもいいなら僕でもいいはずだ」