アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ミハイル、あなたはこんな事すべきじゃない。お、王子なんだよ。わかってるの」
私は私を押さえつけているミハイルの手を宥めるようにつかんだ。
ミハイルは切なげに目を細め、そして白い息と共にかすかに震える声を吐き出した。
「あなたに言われなくてもわかってるよ。
でも僕は、こうしなきゃいられない」
彼は追い詰めるように私の上にかがみこんだ。彼の前髪が私の額に触れた。
「……あなたが……好きなんだ、僕は。
弱くて、少しも信用できないあなたなのに、あなたを思うだけで胸が裂けそうなほど苦しい」
冷ややかな紫の瞳が、今は燃えるように熱い。
その瞳の熱に惑わされそうになる。
「だから、それは、今は特殊な状況だからそう思うだけ。
あ、そ、そうだ。『吊り橋理論』って知ってる?」
彼はいらだった声で答えた。
「理論なんてくだらない。
……僕だって戸惑ってる。
僕は女の人と寝た経験はないし、その上あなたの気持ちは不確かで、あなたは一人ぼっちになりさえしなければ誰だっていい。今、怖いのは僕だよ。あなたみたいな人を好きになったって、傷つくに決まってる。
でも、引き返す気はない。
今あなたを僕のものにしないと……そのうち僕の場所に誰かが入り込んで、それきりあなたは僕を忘れてしまう。
あなたは誰にも渡さない」
ミハイルは白い息が触れそうなほど私に顔を近づけた。
紫の瞳がこれまでに一度もなかったほど近くなり、互いの額が触れた。
彼の瞳にかすかな雪明りが差し込み、その美しい瞳の色が普段よりもさらに薄くなって、光に溶けてしまいそうなほどきらきらと輝いていた。