アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

その夜、彼は切なくなるほど美しかった。
いっそこの美しい人も私も、雪明りの中に溶けてしまえたら。永遠に朝など来なければいい。
決して聞き届けられることのない切ない祈りを胸に抱きながら、私は骨ばった彼の背中を強く、強く抱きしめた。

「僕のハルカ。あなたは僕のものだ。ずっと、ずっと……」

甘えるようなそのささやきを聞きながら、私はこの人に甘えられて、その甘さに逆らえる人間がこの世にあるだろうかと馬鹿なことを思った。





隙間風に身を震わせ、うっすらと目を開けると、ミハイルの高貴な美貌が息も触れそうなほど近くにあった。
彼は細い頤(おとがい)を私の長い髪に埋めるようにして眠っている。

少し疲れを滲ませたその寝顔は普段の顔よりも無垢で幼く見えた。彼にそんな安らいだ顔をさせたということだけでも、昨夜私達の間に起こった事にはじゅうぶん意味があったように思われた。

なんということをしてしまったのだという後悔の気持ちはもちろんないわけではなかった。

はじめのうちはただ同情から彼に親切にしていたつもりだった。けれど、私はいつの間にかこの気位の高い人を好きになっていた。彼の品の良さや頭の良さからくる察しの良さだけでなく、疑り深くて傲慢なところも繊細で傷つきやすい心も、すべて。

私は同情心から彼に親切にしているつもりでいたけれど、結局のところ、私ははじめから彼に引き寄せられていたに過ぎない。

だから、後悔するだろうと思われた行為が、私は嬉しかった。
彼が孤独であることになんら変わりはない。私がひとりぼっちであることにも変わりはない。現実は何一つ変わっていないというのに、それでも私は幸福だった。

後悔するよ。
泣くのは女のほうだよ。

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