アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


濃紺のコートを脱ぎながら部屋に入ってきたミハイルは、三和土(たたき)で髪から雪を払い落とした。彫刻のように美しい横顔と少し女性的な雰囲気さえ感じさせる優しげな口元。遠目に見ると、本当に精巧に作られた人形のように見える。

本当に私は昨夜、この人と……?
だんだん昨夜のことが非現実的に思われてきた。


私と目があうと、彼は照れたように目をそらした。
私も昨夜の事が色々と思い出されて恥ずかしかった。

「お、おかえり。寒かったでしょう。何か飲む?」

まるで初めて知り合った人と話しているような気分だ。何を話していいのかわからなくなる。

「うん、ありがとう」

彼はそっと私の傍に寄ると、私の髪を手にとって短く唇を押し付けた。

その狎(な)れた仕草に、私は私達の関係が変質したことを見せ付けられた気がした。言葉で告白するよりも、よりはっきりとわかる。それでいて少しも生々しさを感じさせない。


私の身の回りで女性の髪に唇を押し付ける男性はいなかった。
昔の恋人も、そういうことをした人はいなかった。

それが文化の違いによるものなのか、それとも常に人に傅(かしず)かれることが当たり前になっている人の愛情表現なのか、私にははっきりとそれを区別することはできなかった。
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