アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

こんな事を望んでしまうのはいけないことなのだろう。けれど、私は彼の国がなくなって、彼がもうどこにも帰れなくなればいいと……何度も何度もそんな事を考えた。悪い考えにとりつかれてしまった自分をたしなめながら、それでも私はそう願わずにはいられなかった。




後になって振り返ってみると、このころの私達は特殊な状況のために少しおかしくなっていたに違いない。

『普通の恋人同士のように』

私達はどちらもそんなことは無理だとわかっていたから、そんな望みを口に出すことすらしなかった。
けれど、やはり心のどこかではそういうことを考えていて、私は自分でもそれと気付かないうちにそう振舞っていた。
ミハイルはミハイルでそんな私をとがめるどころか、何のうちあわせもしないのに、私の恋人らしく振舞ってくれた。

家の中では何でも一緒にした。

王子という身分にもかかわらず、私と並んで台所に立ち、オーブンをのぞいたり、洗い物をしたり。
はじめて料理に取り組む彼は子どものようだった。もちろん料理に慣れた人のようには出来なかった。場合によっては手伝ってもらわないほうが早くできること思うことさえあった。

けれど、私は嬉しかった。
ミハイルと並んで同じ作業をする、それだけで嬉しかった。
私の手と彼の骨ばった手が並んで同じものを触り、その手が冷たい水に赤く染まる。
時々見交わす視線で、まるで口でものを言うように意思の疎通を図る。


今までも恋は何度か経験してきた。
その度に恋はいろいろな顔を見せるものだと感じてきたけれど、この恋はあまりにも毛色が違いすぎて、私はこれを恋だと認めていいのかそうでないのかわからなかった。


けれど、ときどき目に涙がにじむほど彼との暮らしが愛おしくなる。この日々はいつか必ず終わりが来る。それを思うとたまらなく辛くなるのに、それでも私は幸せだった。


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