アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
16
「ハル、まだ寝ないの」
入浴を終えて一息ついたところを見計らって、ミハイルが私に声をかけた。
「あ、……もうこんな時間。先に寝て。私、少しやることがあるから」
ここのところ、店に出ているとき以外はずっとミハイルが私の傍にいた。
もって生まれた上品さのためか、彼の物腰はこの年頃の男性にしてはとても穏やかだ。だから張り付かれている私としては少しも彼を邪魔に思うことはなかった。
けれど、一つだけ困ったことがあった。
それは、私の知りたいことを自由に調べるのが難しいということだ。
カガンでクーデターが起こり、最初の数週間は一般のニュース番組でも少しは報道があった。しかし良くも悪くもカガンは日本とは経済的なつながりの薄い国であり、距離としても遠い。在日カガン人の数の少なさもあって次第にカガンのことは報道されなくなっていた。
今、カガンはどうなっているのか。テレビを見ているだけでは情報が入ってこなくなりつつある。ただテレビをつけて待っているだけで情報が向こうからやってくる状態ではなかった。
少し調べる必要があった。
クーデターが早期に解決するのかそうでないのか、彼はそれなりに情報を入手しているのかもしれないが、私には何も言わない。
私は知りたかった。
私達のこの暮らしがすぐに終わってしまうのか、それとも年単位で続くものなのか……。
それに、カガン人が街から姿を消して店の売り上げも落ちている。私個人としてだけでなく、喫茶店経営者としてもこの先どうなるのか不安だったのだ。
「なにをやるの。手伝う」
ミハイルは私が腰掛けているダイニングの椅子の背に手をかけた。
「ミハイル、一人で大丈夫」
そう答えると、彼は少し眉根を寄せた。
「……内緒のこと?」
「そういうわけじゃないけど」
ネットで情報を集めるつもりだった。ただ、国王夫妻銃殺のときのように、出てくる情報によってはミハイルの気持ちを傷つけるものだってあるはずだ。少なくとも表面上は穏やかに振舞っているミハイルの努力を不用意な行動でめちゃくちゃにしたくはなかった。