アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ハル」
ミハイルは私を抱き上げた。悪魔の心を抱えた私を、彼はいとも簡単に抱き上げた。
彼の白い顔は少し赤らんでいた。彼の心臓の音はうるさいくらいに高鳴っている。
……あ……。したいのか……。
セックスというものを知ったばかりの彼の意図と羞恥が私にも伝染し、私の顔までもが熱くなる。
ポトスの葉でいっぱいになった部屋の中で、私達は原始的で野蛮な行為に耽る。わずかに残った理性と後悔にちくりちくりと背中を刺されながら、それでも私達は離れられなかった。
どこか後ろ暗いようでいて、そのくせまっすぐにミハイルに向かう気持ちが抑えられない。
何の力もない平凡な私なのに、一国の王子を永遠に隠して、暗殺者からも、国民からも遠ざけて守りきるにはどうしたらいいのかなどと、無い知恵を絞ろうとする。
そんなことできもしないし、ミハイルに正面切って『あなたを守ってあげる』と、そう宣言することもできないくせに。
「……ハル。ハルカ。
疲れた?……痛くなかった?」
どこか甘さの余韻を残した不安な声音でミハイルが囁いた。
出会ったころの高慢な冷たさはもうそこには微塵(みじん)も見られなかった。
「うん、どこも痛くないよ」
もし、そこに苦痛があったとしても、それがミハイルから与えられるものならば私は喜んで受け取るだろう。
ミハイルはそんな私の心など知るよしもなく、まるで薄氷でも扱うかのように私に触れる。
「もう二時か……。ハルは朝になったら仕事なのに。
……ごめん」
「平気だよ」
「可愛いハル。……約束しようか」
「……約束?」
「うん……。一生一緒にいよう。ずっと離れることなく」
私は薄闇の中で大きく目を見開いた。
ただの睦言(むつごと)、そう思って聞き流すにはミハイルはあまりにも恋に不慣れで、そして潔癖だった。
「ハル、こちらを向いて」
彼は私の肩に手をかけ、優しく私を彼の方に向けた。街灯の青白い光を背に受けた彼は美しく、そして少し哀しげだった。
私は彼の顔を見上げ、人工的に感じられるほど整ったその美貌を見上げた。
まるで重大な国家機密でも打ち明けるかのように緊張した面持ちで、彼は小さく囁いた。