アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

「僕は、もうあなたと夫婦になったものだと思っている。
きちんとした結婚式もしていないけれど、あなたは……もう僕の妻だ。
証人はいないけれど、でも、神様は僕たちが夫婦であると認めてくれるだろう。
……だって、あなたと僕は同じベッドで寝たのだから」


私は大きく目を開けて彼を見つめていた。


妻。


先のことなど何も考えていなかった。私の孤独と彼の孤独、互いに惹かれあう気持ち。ただそれだけを埋めたつもりでいた。
まさかミハイルがこんな事を言い出すとは思わなかった。

彼は私がどんな反応をすると思ってその言葉を発したのだろうか。甘えるような甘やかすような彼の微笑は私の表情を見ているうちにするりと剥(は)がれ、その美しい瞳にじわりじわりと失望が滲(にじ)んだ。

「ミハイル、」

彼は私の言葉を恐れるように遮った。

「……反論はさせない。あなたはいい加減な気持ちで僕と寝た?」
「そうじゃない、そうじゃないけど」

私の答えにミハイルは哀しげに微笑んだ。

「覚悟はしていなかった?」


私は幻滅されるであろうことを予想しつつ、それでも嘘をつくのはいやだったから頷いた。
覚悟など何もしていない。いずれ来るであろう別れは覚悟していたけれど、私達の関係に未来があるなどと考えたことはなかった。

「ミハイル。そう言ってくれる気持ちは嬉しいけれど夫婦だなんて。私はそんなことを望んであなたと寝たんじゃない。
よく考えて。
私は貴族でもなんでもない。私は平凡だし、ミハイルよりもかなり年上だし、何かの才能があるわけでもないし美人でもない。そのうえ店の改装もできないくらい貧乏なんだよ。
カガンの人たちは、あなたが私なんかと結婚したと知ったらきっとがっかりする……。だって、あなたと結婚した人がどんな人であっても、カガンの人たちはその女性を国のトップレディとして尊敬しなくちゃならなくなる」


「私、あなたと寝たことは誰にも言わない。絶対に言わない。だから、せ、責任をとろうなんて考えなくていい……。私は、」

私はそこで言葉を切り、彼から目をそらした。
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