アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
彼を傷つけることがわかっていた。
でも、お互いの気持ちに釘をさしておくのは私の役目だと思った。
「あなたとセックスしたくて、だから……した。
それ以上、何も望んでない。あの夜は、十分に幸せだったから後悔もしていない。本当に、心の底からそう思う。
今、私は幸せだよ。きっとミハイルのことは一生忘れられないと思う。
でも、私達は夫婦にはなれない。
王子のあなたが、私をどうにかしようなんて考えなくていいよ。私はプリンセスじゃない」
ミハイルはしばらく私をその紫の瞳で見つめていた。
悲しげだった彼の瞳に怒りが滲んだ。
「拒否なんて、できると思ってる?
……あなたが僕とのセックスをどう位置づけていようと、あなたは僕のものだ。生涯ずっと僕のものだ。
あなたが僕以外の男と結婚するなんて許さない」
「そんな、結婚なんて考えてない」
ミハイルは腹立たしげにため息をついた。
「あなたは優しい人だけれど、何をするにも覚悟のできない臆病者だ。
僕がいなくなって、ひとりぼっちになったらきっとあなたはまた憐れな誰かをこの家に入れるだろう。あなたはそういう人だ。誰にだって手を差し伸べる。僕を助けたのだって、僕を愛していたからじゃない。僕がかわいそうだったからだ。
僕はそれをよくわかってる。だから、……あなたを離さない」
私を見据える彼の瞳はぎらぎらと怒りに燃えていた。
ミハイルの指摘は半ば本当だった。
ミハイルをこの家に招き入れた時、私は彼を愛してはいなかった。
ただ、彼の寄る辺ない姿がどうしようもなく悲しげで見ていられなかった。あのときの私はミハイルが胸のうちに秘めている孤独の影をなんとなく嗅ぎ取ってはいたのかもしれないが、それでも、ミハイルとここまで心を重ねることになるなんて思ってもみなかった。