アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
17
あくびをしながらモーニング用のサラダを作っていると、階段を下りてくる足音を聞いた。
自宅用の階段のほうに目をやると、ミハイルが階段の中ほどで身をかがめ、キッチンを覗き込んでいた。
まだ客を店に入れる時間ではない。それがわかっているから降りてきたのだろう。
「ハル」
「おはよう」
私は疲れの残る彼の顔を見て思わず苦笑した。お互い様だが、ここのところ、私達二人は寝不足気味だ。
「おはよう」
彼は照れたように足元に目をやるが、やがて私の傍にやってきて、背後から私の腰に手を回した。
「危ないよ」
さすがにそのままキャベツの千切りを作るのは難しく、私は作業の手をとめた。
「昨日は……きつい言い方をした。僕が怖くなった?」
「ううん、平気」
「ごめん。僕は、たぶん女の人に慣れてないんだ。怖がらせてごめん。
でも本当の気持ちなんだ。僕を嫌いにならないで」
高すぎる身分のせいでプライドの高い彼が、私に嫌われまいと謝罪を繰り返している。その姿がかわいいのだかかわいそうなのだかわからなくなり、私は思わずビニール手袋をはずしてミハイルの顔に手を添えた。
「謝るようなことじゃないでしょ……。落ち着いて」