アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

まさか自己申告されてしまうとは思わなかったけれど、ミハイルが恋に不慣れなのは察していた。


カガンの男女がどんな風に恋愛をするのかは知らないが、カガンの女性は治安の悪さから学校にも行けず、外出の際は兄弟が付き添わねばならないとミハイルから聞いた事がある。

その状況の中で男女が自由に恋愛をすることが出来るとは考えにくい。
そういう文化を背景に育ったミハイルが婚前交渉と呼ばれる類のセックスについて、男性として、責任を感じていることは理解できる。
少し前の日本でもそうだった。今でもそういう感覚を当たり前だと思っている人も少なくない。
だから私は彼の感覚をおかしいとは思わない。

けれど、今の日本ではセックスが結婚と直結しない生き方もまた許されている。そして、私はそちらの生き方を当然のように感じて生きてきた。

だからこそ、私はミハイルと一緒に夜を過ごすようになったからといって結婚など全く意識もしていなかった。
そんな途方もない先のことよりも、私はいつか訪れる二人の別れがセックスをすることでより一層悲しいものになるのではないかとばかり考えていた。その恐ろしさに気をとられるあまり、彼がこんな事を言い出すとは思わなかったのだ。


「あなたが僕から離れていってしまうなんて、考えただけで苦しくなる。だから、ついあんな言いかたをしてしまった。あなたを怖がらせるつもりなんてなかったんだ」

「わかってるよ、大丈夫」


私はミハイルに微笑んだ。

けれど、心の中は笑ってはいなかった。笑えはしなかった。


ミハイルは自分の立場を忘れている。
王子が私のような人間と結婚などできるはずがない。

平時ならばそんなロマンスが生まれる余地もあるかもしれない。けれどカガンの今の状況を思えばカガンの王子である彼は非常に危ない立場に立たされているのは私でもわかる。

ある日突然カガンの王制がなくなり、彼は私と変わらない市井の人となる……。そんな未来もありえないとはいえないけれど、カガン人の王家への思い入れを考えれば王家の血を継ぐミハイルが何事もなく普通の人になれるのかどうかは疑わしい。

カガンは国そのものもなくなるかもしれない。そんな中で、彼の後ろ盾になるものはあればあるほどいい。場合によっては彼の身を守るための政略結婚も必要になるかもしれない。

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