アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は小さくため息を漏らした。
初めて恋愛をして舞い上がっていること、そして過酷な状況からの現実逃避、その上、私に対して責任を感じている。その三つが彼に「結婚」という言葉を口に出させたのだろう。
このまま彼の話を鵜呑みにしてはどちらにとってもいいことはない。
彼は自分自身の言葉に縛られて苦しむだろうし、私も、あらぬシンデレラストーリーを期待してしまう。
事実、今、私は……恋を理由に、結婚しようと言ってくれるミハイルの純情が嬉しい。結婚は現実的でないとしても、今、彼がそういう気持ちであってくれたことは事実なのだから。
「愛してる」
「……うん、ありがとう」
近いうちに、彼が夢から覚めて現実を見つめる日が来る。その時に、少しでも彼の負担にならない私でいたい。
年上の女としての矜持(きょうじ)なのだろうか。
愛を囁きあっているときでも、私の頭の片隅にはいつも影があった。
その時、店の裏口から物音が聞こえた。ミハイルは警戒心も露わなまなざしで振り返る。
「新聞だよ。店に置く新聞」
私はそう言いながら彼の腕をさりげなく逃れると、投げ込まれた新聞を取って戻った。
いつも、新聞が届くと新聞がばらばらにならないよう、折り目に沿って三箇所をホチキスでとめる。
さまざまなお客の好みに対応すべく、地方紙、全国紙数紙、、スポーツ新聞と、カガン人向けに英字新聞も取っているので、すべてまとめると一抱えにもなる。冬の冷たい空気を吸った新聞を両腕に抱えて戻った私を見ると、ミハイルはほとんど無意識に私の腕からその新聞を取った。
「マガジンラックに並べればいいの」
ミハイルは家にことだけでなく店のことまで手伝ってくれるつもりらしい。昨夜、高ぶる感情のまま私に詰め寄ってしまったことの埋め合わせのつもりらしい。