アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「そうですね。先行きを考えるとどうしたらいいのか。
父に相談しようにも、ねえ」
生前の父を知っているおばさんが相手なので、私もつい気が緩(ゆる)み、愚痴めいたことをこぼしてしまった。
「……」
おばさんは私の口から久しぶりに「父」という言葉が出たので私の顔をじっと見つめた。
「ハルちゃんはそういうことはあまり言わないから、辛抱強いなってみんなでいってたんだよ。
でもそうだよねえ、うちの娘と同じような年ごろなのに彼氏を作るわけでもなし。お父さんの店を一人で切り盛りして、そりゃあ不安にもなるよねえ」
「あ、そういう意味じゃなかったんです。ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
私は何の気なしに発した言葉の、あまりにも頼りない響きに自分が恥ずかしくなった。
辛抱などしているつもりはなかった。
それどころか、私は同世代の人たちよりもはるかに恵まれていた。
私は父の残した店を何の努力も苦労もせずに手に入れ、そして父のやり方をそのまま真似てただ同じ日々を繰り返している。
飲食店を経営したいと思う若者のほとんどはまず調理師の学校にいって免許を取って、他の店で働きながらお金を貯める。そして苦労してやっと自分の店を持つのだ。
私はそのうちのどの苦労も経験せずして今ここに立っている。
苦労の経験がないからこそここにきて店の経営難に思い悩んでいるわけだが、それは自業自得とも言える。
おばさんは私の言葉をどう受け取ったのか、しんみりとした口調で言った。
「うちのダンナと話してたんだけど、ハルちゃんももう十分一人で頑張ったんだし、調理のできるお婿(むこ)さんでも迎えたらどうだろうってね」