アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「んー。イリアスさんには俺ら何回も怒られてるからな、いいとは言わないと思う」
「前みたいに騙しちゃえば」
彼らは楽しそうに大人を出し抜く算段をはじめる。
王子は少し困ったようなかおをしてちらりと私のほうを見た。私は咄嗟にキッチンカウンターの上を掃除しているフリをした。
王子は時々、友達と一緒にいてもふと周囲の雰囲気から気をそらして、一人で何かを考えているようなことがあった。
特殊な育ちゆえにやはり日本の学生からは浮いてしまうのかもしれない。
その日、どういうわけかイリアスさんはなかなか王子を迎えに来なかった。
一人二人と先に友人たちが帰ってしまった店内で、王子は一人残ってすっかり暗くなった商店街通りを見つめていた。
客がいなければ私も店を閉める時間に差し掛かっている。
店に置いたポトスを挿(さ)した瓶の中に少しずつ水を注いで回っていると、王子が私を見つめているのに気がついた。
「ねえ」
「えっ、」
王子がこの店を訪れるようになって三ヶ月。初めて話しかけられたので、私は驚いて目を丸くした。
「その植物、なんていう名ですか。……すごいね」
王子は店の窓枠に這わせた長いポトスの茎を言っているのだろう。
私は苦笑した。
もともとは一株だけおいてあったポトスが、いつの間にか枝を伸ばし、枝を切って挿したものは新たに根を張り、いつの間にか店のあらゆるところがポトスに覆われている。鉢が増えすぎて棚をつくったところなどは、ポトスの枝が滝のように、斑(ふ)のはいったあざやかな緑の葉を茂らせていた。
「ポトスっていうんですよ。強い植物だから水だけで成長するのはいいんですけど、増えすぎちゃって」
「そうですか……」
王子は植物に興味があるのだろうか。ポトスの葉にそっと触れた。
「……作り物みたい。僕の国にはありません」