アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「お婿(むこ)さんだなんて」
私一人が食べていくのがやっとのこの店に、さらに人を入れるなんて考えたこともなかった。
「だって、厨房を任せられる人がいたらメニューだって増やせるでしょ。
メニューが増えたら、なんとかマキアートとかいう気取ったコーヒーと出来合いのクッキーやサンドイッチしか出せない駅のコーヒーショップとは別のお客さんが増えると思うんだよねえ。
だいたい、客商売で若い女の子が一人ってのはよくないよ。親父さんも心配してると思うわ」
メニューについては確かにおばさんの言うとおりだった。私もモーニングはともかく、ランチタイムだけはもう少しメニューがあったほうがいいと思うことはあった。
「無理にというつもりじゃないんだけど、調理師の免許を持った知り合いがいるんだよねえ。
その子は料理番組の速見マサミチや川島シェフみたいなイケメンじゃないし、今まであっちこっちの店で修行してきた子なんだけど、そろそろ独立も考えてるらしいわ。
腕はなかなかのもんだし性格も優しい子だから、一度会ってみるのはどうかな。彼氏、いないんでしょ?」
ただの雑談のつもりが、とんでもない方向に話が転がり始めた。
私はあわてて首を振った。
「いいえ、そんな。こんな古い店にわざわざそんな本格的な修行をされた方に来ていただくなんて。うちは喫茶店ですから」
「喫茶店にこだわることないじゃないの。今だってランチは出してるんだし。
本格的に料理をってことになると厨房の設備やなんかの都合もあるだろうけど、そこは二人で話し合って決めていけばいいことだし。とにかく軽い気持ちで会ってみたら。お互い顔も見ないで先のことを心配してもしょうがないじゃないの」
普段から楽天的なおばさんはそう言って笑った。
小さな頃から私を知っている彼女は、頼りない私を心配してくれているのだ。