アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

商店街を歩くカガン人の姿が少なくなっても私は自分の心配ばかりで、パン屋のおじさんやおばさんの心配をしたことはなかった。
それなのにおばさんは私が一人で店をやっていること、恋人の一人もいないことをこうして気にかけてくれている。

おばさんは父が生きていた頃から父子家庭で育つ私に何かと声をかけてくれていた人たちのうちの一人だ。
彼らは私が物心つく前から私の生活の一部だった。たぶん彼らのほうでも親戚のような気持ちで私を見守ってきてくれたのだろう。
そうした商店街の大人たちや店の常連さんたちのおかげで、私は母も兄弟もない家庭で育ってにもかかわらず、子どものころは家で一人ですごすという経験はほとんどしてこなかった。一人で行動できるようになってからは少しずつ彼らと関わる機会は減っていったが、彼らのほうでは今も変わらず私を気にかけてくれているらしい。
その気持ちの温かさにふれて、自分が恵まれていることを改めて意識した。

しかし、さすがに見合いといわれて素直にはいはいと頷くことはできない。

「おばさん、せっかくいいお話を持ってきてくれたのに申し訳ないんだけど、私、お見合いするような気持ちにはなれないんです。ごめんなさい」

ミハイルがいるから、とはいえなかった。けれど、おばさんは私のその声音や態度から何かを感じ取ったのだろう。少し笑ってカウンターに身を乗り出した。


「好きな人がいるの?」


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