アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
ミハイルだ。
私は手をとめてそっとドアに近づいた。
ドアスコープから外をのぞくと、すらりと背の高い男の姿が見えた。
男の髪はミハイルの黒に染めた髪ではなく、淡い金色のように見えた。ミハイルが髪を染める前ならば、きっと私はその人物をミハイルだと勘違いしたことだろう。
二階の電気をつけていたので今さら居留守を使っても訪問者がそれを留守と受け取ってくれる可能性はないに等しい。
私は恐る恐る「はい」と答えた。私のものとも思われないようなひどく堅い声が出た。
押し殺した、少ししゃがれた声が聞こえた。
「夜分に恐れ入ります」
その言葉はわずかに関西方面の訛(なま)りが感じられた。カガン人の話す日本語の訛りとは違う。
どうやら、ドアの向こうにいる人物は一人ではない。ドアスコープの視界に入りきらなかった人が複数いるのだ。
「比嘉(ひが)さん?警視庁のものです」
一瞬、何を言われているのかよくわからなかった。
少し考えてみると、なんとなくだが相手がどんな人であるのかがわかった。
警視庁。
ドラマや映画でしか聞いたことのない言葉だ。警察とは違うのかどうかさえよくわからない。
私は悪いことはしていない……と思うものの、確信はない。
彼らがここを訪れた理由といって思い当たることはミハイルに関すること以外にはなく、私はまずミハイルの身に何かが起こったのではないかと胸を衝(つ)かれる思いがした。