アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「夜分遅くにおそれ入ります。
ハザル・カガン第一王子、アエネアス・ミハイル・ユスティニアノス・ハザール・カガンの命で参りました。アレフレート・イリアス・ブーニンと申します」
低く囁かれたその名前にすぐ顔を上げて顔を確認すると、そこにいたのは確かに何度か店を訪れたイリアスさんだった。知った顔を見て私は少しだけ肩の力を抜いた。カガン人の特徴なのだろうか、彼はミハイル同様若竹のようにすらりとしていて手足が長い。
彼は私の顔を見るなり深々と頭を下げた。
「このたびは、わが国の王子が大変あなたにお世話になりました。
すべてのカガン人を代表し、まずはお礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました」
「あ、はあ……」
突然のことで、私はまともな返事もできなかった。その時の私は随分と間抜けな顔をしていたに違いない。
彼は顔を上げてまっすぐに姿勢を正すと、品のよい美貌にうっすらと笑みを浮かべた。
「とりあえず、中にどうぞ」
冷たい夜風に思わず身を震わせると、彼はおやという風に眉をあげると、一歩だけ足を進めた。
彼のすらりとした体が我が家の狭い玄関におさまる。ミハイル同様、彼もまた背が高いので玄関をぴったりふさぐような格好になった。