アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「では、時間も時間ですし女性の部屋に上がるわけにはまいりませんのでこちらで」
ミハイルも語彙(ごい)に偏りはあるものの、日本語はかなり流暢(りゅうちょう)だったが、イリアスと名乗るこの人はそれ以上に上手に日本語を使う。彼の年齢はミハイルよりも上だろうが、まだ二十代のように見える。私よりも年下かもしれない。
その若さでこれだけしっかりと外国語である日本語を使うあたり、もともと頭のいい人なのだろう。
彼は不躾にならない程度にちらりと部屋の中を一瞥(いちべつ)し、そして品のよい微笑みを私に向けた。見方によってはきつくも感じるほどの端正な顔がその微笑によってかなりやさしい印象になる。
「ミハイルは今、どこに居るんですか」
私はまず一番気にかかっていることを尋ねた。
彼は小さく頷いてすぐに答えてくれた。
「今は日本政府にご協力頂き、安全な場所で治療を受けています」
「ミハイルは怪我をしたんですか?」
顔色を変えた私に、彼は微笑をたたえたまま穏やかに答えた。