アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


自分の迂闊(うかつ)さにそこで初めて気がついた私は、体の前で重ねていた両手をさらにぎゅっときつく握り締めた。
イリアスさんは私のその手元にちらと目をやり、宥(なだ)めるように言葉を添えた。


「大丈夫ですよ。
あなたの家に住んでいるのがカガンの王子だとわかるほどの情報は書かれていませんでした。……と、いうよりも、マキタ氏は殿下をカガンの王子とは認識しておらず、元恋人のあなたに若い恋人がいる、という程度の認識しかないようですね。
その程度の書き込みですから今のところ殿下に影響はありませんし、今後も問題になるようなことはないと思われます。
ですが、あなたには念のためここから避難していただくべきだと思います」

「……ごめんなさい……」

「あなたのミスではありませんよ」

イリアスさんはさらりとそう答えた。その言葉の裏には「一般の女性にそこまでのことは期待していない」という彼の気持ちが含まれているような気がして、私は恥ずかしさ情けなさに彼の顔をまともに見上げることすらできなかった。ミハイルを庇っているつもりでいて、私にできたことは彼に衣食住を提供することだけだったようだ。

イリアスさんは腕時計を見た。


「十五分でここを出る用意ができますか」

「ここを出る用意、ですか」

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