アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
長い10分だった。
車は大きなホテルの地下駐車場に入っていき、私はイリアスさんと外務省の井出さんに挟まれる形でホテルの中に入っていった。
旅行などあまり経験のない私は赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたい長い廊下を歩くのも少し不安だった。これほど大きなホテルなのに、先ほどから私は私達以外の人間を一人も見ていない。
「緊張していらっしゃいますね。
大丈夫ですよ。これから少し事情を聞くことはあるかもしれませんが、……あなたはべつに悪いことをしたわけではありませんから」
井出さんは建物内に入ったことで少しほっとしたのか、そう言いながらゆるやかな微笑を浮かべた。彼自身も私をとりあえずは建物の中に入れたことで安心したのかもしれない。
私はかすかな笑みを浮かべて頷いた。この人も緊張していたからずっと黙っていたのだ。それがわかったからといって私の身の安全が保障されたわけではないのだけれど、同じ気持ちを共有したものどうしの親近感が湧いてきた。
「殿下はずっとあなたのことを心配していらっしゃいます」
「ミハ、殿下にお会いすることはできますか」
私の声は長く緊張を味わったために少しかすれていた。
「ええ、もちろん」
井出さんは一瞬、何かを読み取ろうとするように私の目を強く見つめたが、やがて力強く頷いた。