アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ありがとう、イデさんも、コウサカさんも」
ミハイルはゆったりとした笑みを浮かべて、私に続いて部屋に入ってきた二人に声をかけた。
井出さんと高坂さんは入り口付近より奥に入ってくることはなく、その場で深くお辞儀をした。
「それでは、我々はドアの外におりますので、何かあったらすぐにお呼び下さい」
高坂さんが堅い声でそういうと、彼らはすぐに部屋を出て行った。
「ハルカ、突然呼び出して驚いただろう、……座って」
座面の広いソファを勧められたが、私はイリアスさんが気になってちらりとそちらに目をやった。
彼は部屋の隅に置かれたティーセットの傍で、ティーカップに湯を注いでいた。ティーカップを一度湯であたためてから紅茶を淹(い)れるつもりらしい。
「あ、私がやります」
私はついそう言った。身についた職業のせいでそう言ったのか、「この部屋にいる唯一の女性が自分だから」という気持ちでそう言ったのか、自分のことながらはっきりしなかった。
イリアスさんの脇に駆け寄ると、彼は少し困ったような顔をした。
「ありがとうございますハルカ様。ですがこれは私の仕事ですのでお気になさらないでください」
「じゃあ、カップは私が運びます」
なおも手伝いをという私の姿はイリアスさんの目にはひどく泥臭く映ったかも知れない。
私はこの時点ではまだ自分の立場というものをきちんと理解できていなかった。
ミハイルはこんな私をどう思っただろうか。
彼は上品だけれど感情の読み取れない態度でもう一度言った。
「イリアスは気にしなくていいよ。
ここに座って。話がしたい」