アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

ミハイルは頭を下げはしなかった。王子という立場に戻ってみれば、軽々しく人に頭を下げることはしかねるのだろう。

私は首を横に振った。


「謝らなければいけないのは私の方です、殿下。
危ういお立場にいるあなたをちゃんとお守りすることができませんでした。力が及ばず、申し訳ありませんでした」


そうやって外国の王子と一般市民としての隔たりを挟んだ上で言葉を交わしてみると、改めて私とミハイルの距離を実感した。


「……あなたは一般の女性だ。あなたは精一杯僕に尽くしてくれた。そんな風に自分を責めないでほしい。僕はあなたのしてくれたことに感謝している」


自分の無力さが情けなく、目をふせると彼の手元が目に入った。彼もまた私と同じように拳を握り締めている。
互いに言いたいことはあった。けれど互いの気持ちを気持ちのままに吐き出すことはできなかった。

王子と平凡な女、そこにはやはり思うことをそのまま吐露できない大きな隔たりがあったのだ。


「お茶をどうぞ」


イリアスさんが王子と私の前にあちらが透けて見えそうなほどに薄いティーカップと、香りのよい湯気を細く吐き出しているティーポットを置いた。

それはおそらくホテルの部屋に備え付けてある紅茶ではなかった。部屋を満たすような馥郁(ふくいく)たる花の香りに私は思わずほっと息をついた。



紙のように薄いティーカップは手に持ったとたんひびでも入れてしまいそうなほど繊細なデザインだ。私はティーカップに触れることをためらった。ミハイルはそんな私の様子に目を細め、そしてまず彼自身がティーカップを手にとって、一口含んだ。

彼もまた少し緊張していたのだろうか、その一口で彼の唇にほのかなばら色が戻った。
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