アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「えっ、」
ぽつりと響いた彼の言葉に、私は伏せた目を上げた。
「いらないといったのは嘘です。僕はこの珍しい植物が欲しい。この色……僕は好きだ」
白く斑(ふ)の入った葉に指先を滑らせて、彼はそう言った。
複雑で拗ねたことを言うくせに、育ちのよさゆえか結局は素直だ。
私は思わず声を漏らして笑ってしまった。
王子は人に笑われた事がなかったのか、一瞬むっとした顔をしたけれど、やがてその美しい口元に若者らしい気さくな笑みを広げた。
私は自分がつい漏らした笑いをごまかすように顔をうつむけると、静かにポトスのガラス鉢を持ち上げた。
「強いと言いましたけど、寒さにはそれほど強くありませんから室内で育ててください」
布巾(ふきん)できれいに鉢をぬぐって適当な袋に入れると、彼は目を細めてポトスの鉢を抱きとった。
「ありがとう」
彼がそう口にしたわけではないのだけれど、私はその彼の表情から、彼がこの店に通っていた理由を感じ取った。
この店の雰囲気……。
増えすぎたポトスの作り出す雑多で不思議な雰囲気を、彼は好んだのかもしれない。
王子はきっと、彼の部屋でポトスの枝が伸びて、窓枠を越えてうねり、縦横に広がってゆくのを止めないだろう。
そんな予感がした。