アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
イリアスさんは少し眉を上げて私を見つめると、やがて優しい笑みを私に向けた。
「突然お迎えに上がったものですから、驚かれたでしょう」
私は頷いた。
突然『十五分で荷物をまとめろ』といわれて驚かない人はいないだろうと思う。
「……少し、驚きました」
「あなたがこちらにいらっしゃるまで、殿下は随分とあなたの事を気にしておられましたよ」
「これもご縁(えん)というものなのでしょうか。
殿下は、クーデターが起こる前からずっとはじめに、ハルカさまが王子に御譲りくださったポトスも、ずっと大事にされていました。
花屋に行けばもっと大きい株があるでしょうから、ポトスがお気に召したのなら買ってきましょうかと申し上げましたが、殿下はいらないと仰っていました」
彼の口ぶりには、彼がミハイルと私の関係を察しているのではないかという雰囲気が感じられた。
私はイリアスさんの顔を見上げた。彼はそれを受けて微笑んだ。
「ミハ……殿下から聞いたんですか」
「いいえ、殿下はそういうことは何も仰(おっしゃ)いません。ですが、ずっとお仕えしてきた方です。わかりますよ。そういうことは」
私は思わず眉根を寄せた。「わかりますよ」という一言に誰にも知られていないはずの私達の生活をこっそりとのぞかれていたような気がして恥ずかしかったのだ。
イリアスさんは私の表情の変化に気付き、そしてしばらく逡巡したのちに話し始めた。