アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「王子のお傍近くにお仕えするものならば誰にでもわかります。
殿下は元々、カガンティーを好まれない方です。
ですがポトスをいただいて以降、お時間ができれば毎回あなたのお店に通いつめてカガンティーを召し上がる。お目当てがカガンティーでないのか、それともあなたの淹(い)れるカガンティーが特別お口にあうのか……」
私はそれを聞いてはっと息を詰めた。
ミハイルがカガンティーを好まないなどということは考えてもみなかった。故郷の味だからと気を利かせたつもりで食後にはかならずカガンティーを淹れていた。
「そんなこと、一言も……」
嫌いならそう言ってくれたらよかったのに。そう言わせない恩着せがましさが私にあったのだろうか。
「そうですね。殿下はそういうお方です。ご身分の高いお方ですから、お気持ちを表に出さずに生きることに慣れておられます」
「……」
それでも、カガンティーが好きではないことを彼が一度も口にしなかったことは私の心をざわめかせた。せっせと彼にカガンティーを淹れて、彼の心の苦しみを癒しているつもりでいた自分が恥ずかしかった。
彼は私の顔色が変わったのを見て、慰めるように優しい声音で付け足した。
「ご自分のことは口にされない方です。
王族の中には思うことを何でも口にして憚(はばか)らない方もいらっしゃいますが、殿下はお優しい方ですから、ご自分の顔色一つで周りが緊張したり誰かが罰を受けたりするというのがそもそもお嫌いなのですよ。
私も、殿下がカガンティーを好まれないということは、王宮に出入りさせていただくようになって何年もたってから知りました。
あなたが殿下のご趣味を知らなかったといっても恥じることはありません。長年お仕えしているこの私ですらなかなか分からない事があるのですから」
「それは、でも」
私はミハイルがカガンティーを好まないことを知らないどころか、彼がそれを好きだと思い込んでいた。故郷の味なのだと。
度々私がカガンティーを出すことを、ミハイルはどう思っていたのだろう。私は彼の臣下ではなく恋人だ。何でも言ってくれてかまわなかったのにと思うと、やはりイリアスさんのように彼の遠慮を「優しい人なのだ」で片付けてしまうことはできなかった。
すっかりしょげてしまった私を見て、イリアスさんは眉尻を下げて笑った。
「……あなたは、殿下がお好きなのですね」