アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
互いに顔を知ってはいても、ほとんど口を利くことのなかった相手に心の中を看破され、私は思わずうつむいた。
「私に嫉妬されましたか」
予想外の言葉に私は顔を上げてイリアスさんを見た。彼の青灰色の瞳には面白がるような光が浮かんでいる。
「案外子どものような人ですね、あなたは」
「イリアスさん、からかわないでください……」
「ふふふ、おわかりになりますか」
イリアスさんは女のように柔らかい笑みをうかべていたが、やがて微笑はそのままに、私の顔をじっと見つめた。彼の口元は笑ってはいても、その鋭い目は笑っていなかった。
「わが国の今の状況は報道などでご存知でしょう」
「ええ。少しですが」
イリアスさんは頷いて話を続けた。
「クーデター以来、カガンの政府軍がずっとクーデター軍に抵抗してきましたが、このたび国連軍の協力を得て占拠されていた主要な都市を取り戻しました。
民衆は政府軍を支持し、政府軍が守っている都市に逃げてきています。クーデター軍を支持する民衆は少ない。
もう、じきにクーデターは鎮圧されるでしょう」
私はイリアスさんの目を見つめた。彼が私に何を伝えようとしているのか、聞き逃したくなかった。
「カガンに帰れば、殿下は今よりももっと王として振舞うことを求められます。お心のうちを人に見せることもなくなるでしょう。
殿下は近いうちにカガンにお帰りになります。
殿下に振り回された形になってしまったあなたには本当にお気の毒なことですし、殿下の側近として申し訳ない気持ちで一杯です。ですが、殿下は今のカガンにとって無くてはならない方です。あなたにとっては悲しいことでしょうが、殿下がお帰りになることをお許しください。
殿下は決して不実な方ではございませんが、今回はお気持ちのままに振舞うことはできかねるのです。
殿下が一人の男として振舞うことが許されるのは本当にわずかの時間だけなのです。どうか、ご理解ください」