アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

カガンに帰る。

不安と、そしてミハイルの安全を確認できた喜びの間でゆれる私の心を、イリアスさんは矢のように鋭い言葉で刺し貫いた。

先のことから目をそらし、ただミハイルへの思慕から言われるままここまでやってきた私は、この先、自分がどう行動すればいいのかわからないまま、この先を考える事を避けている。

しかし、いくら私が気持ちの整理を先延ばしにしていても時間は過ぎていく。私のために立ち止まってはくれない。もうそろそろしっかりと自分の気持ちに区切りをつける時がきたのだろう。

「あまり長居をしてはあなたが休めませんね。そろそろ失礼します」

イリアスさんは静かにそう言って部屋を出て行った。
きっと休めなどというのは建前で、よく考えてみろと言いたいのだろう。
彼は私よりも大人で聡明で、そして冷静だ。

私はため息をついて深い紫色の布を張ったソファに座り込んだ。
エアコンの感想と緊張で喉が渇いていたが、テーブルの上に置かれた水を飲む気力が残っておらず、ただ水を眺めて考える。

自分の国の王子がいつの間にか年増女とくっついていたら、普通はどんな気持ちになるだろうか。

ミハイルはいかにも「王子様」らしい高貴な美貌に気高い性質。そして私はあまり儲かっているとはいえない寂(さび)れた喫茶店の店主で、容姿も平凡で何かの才能があるわけでもない。

カガンではクーデターが起こり、国王夫妻は濡れ衣を着せられて銃殺された。そんな特殊な情況の中、ミハイルが王子としての立場を忘れ、そばにいた私に慰めを求めた。そこに映画のように美しいシンデレラストーリーを思い描くのは難しい。
大人ならばどれほど鈍い人でもこの関係に人間の弱さと、そして女のしたたかさを感じない人などいるはずがない。

この関係の先に何も望んではいない。
いくら私が口でそう言おうとも、誰も信じはしないだろう。
人は嘘がつける生き物だ。誰もがそれを知っている。
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