アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
20
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
部屋の中は暗く、白いカーテンの隙間から細く月明かりが差し込んでいた。
気がつくと部屋のドアが小さく、しかし何度もノックされていた。
「は、い……?」
ドアに近づくと、小さな囁きが聞こえた。
「ハルカ……、僕だ」
小さな囁きさえ凛としてすがすがしい。
私は血統主義ではなかったけれど、ミハイルを知れば知るほど細胞の一つ一つまでも高貴な人間というのはいるものだと、そう感じた。
ドアを細く開けると、ミハイルのすらりとした体が急(せ)くようにドアの隙間から室内に滑り込んできた。
彼は私を見るなり子どものように微笑み、電気をつけようとする私の手を押しとどめた。
「いつまでたっても返事がないから……誰かに見つかってしまうかと思った……」
「ごめん……うたたねしていたみたい」
彼は眉尻を下げて笑った。若いと幼いの間を揺れているようなその表情に、私は一緒に暮らしていたときのミハイルの面影を見た。先ほど顔を合わせたときの近寄りがたいほどの気品は感じなかった。まるで別人のようだ。
「そうみたいだね、目の周りが」
彼はそう言って私の目元にそっと触れた。
その優しい指の感触に、私達が恋人であったころ……ほんの十時間ほど前の記憶が私達の間に蘇り、愛しいという気持ちが胸の辺りまでせりあがってくる。泣きたくなるような切ない気持ちだ。
やっとミハイルに会えた。
ここに着てミハイルに会うのは二度目であるにもかかわらず、私にとってはこちらのミハイルこそが本物という気がした。